三宅島の「ナツ」こと穴原奈都さん(25)が、東京アイランド11島巡りの旅を思い立ったのは、6月20〜29日に行われた東海汽船高速ジェット船の試験運航表を見ているときだった。
高速船試験運転と八丈寄港利用し
これまで神津島止まりだった高速船が三宅島まで延びてくれるかどうかは三宅島で観光業を営むナツの関心事。試験運航期間中の6月23日、小笠原親善訪問団を乗せた「おがさわら丸」が年に一度八丈島へ寄港することも知っていた。両方を組み合わせれば、竹芝を出港してから一度も東京に戻ることなく、伊豆・小笠原の11の島をいっぺんに周る船旅ができる。「こんなチャンスはまたいつあるかわからない。行くしかない!」。
ナツは、三宅島に1年前に戻り、家族とともにギャラリーカフェ「カノン」をオープン。今年3月には「三宅島レディース・ラン」の立ち上げメンバーとして準備・運営を切り回した。インターネットで三宅島の情報を発信しながら、同様に島の観光を考える他島の人々と交流を持つなど積極的に観光振興に取り組んできた。
「11島を巡って何が変わるかわからない。でも、同じ想いを持った島の人々に会いたかった。会って話せば、そこから生まれる何かがあるかもしれない」と思った。
交流のあった離島経済新聞の編集長に相談したところ、雑誌の取材などを取り付け、同行の話がまとまった。ナツは友人のカオリ(吉野香里さん・26)と「Tokyo Girls shima Trip」のブログを立ち上げ、ブログとツイッターでリアルタイムに各島を紹介する島旅がスタートした。
欠航がなければ、全行程16日間の弾丸ツアーだ。このブログのサブタイトルには、「ナツとカオリが島に行き、様々な魅力溢れるヒト、モノ、バショをレポート!?今年の夏、伊豆諸島&小笠原諸島へ行きたい島ガールに向けて絶賛発信中!」と記した。
体験共有しながら出会い、交流する
島旅は、途中、この旅に興味を示した若者たちを同行者にして、膨らんだり減ったりした。リアルタイムに発信することで反響がすぐに返ってきた。三宅島の港では、「ナツさんいますか?」と書いたボードを持った学生達が待ち受けていた。ネット発信により、「新たな出会い」と「体験の共有」を生みながら、各島での「新しい繋がり」をキーワードに、精力的に「交流」する旅となった。
新島・三宅島では、商工会青年部をはじめとする島の若者達と深夜まで語り合った。八丈島では町役場を訪問。町長、商工会長も出席する中、産業観光課、企画財政課、観光協会、フィルムコミッションとの情報・意見交換会を持った。
父島では、小笠原の世界自然遺産登録という記念すべき瞬間に立ち会うことができた。父島・母島の返還祭に参加して、島の地域のお祭りのアットホームな感じが、ものすごく良かった。
11島を巡る旅の行程は、実際には梅雨時期の悪天候にはばまれ、利島行きが欠航、小笠原から八丈島へ戻った後の青ヶ島行きも欠航、太平洋を小船で航海する船ツアーの厳しさを知ることとなる。ナツはいったん三宅へ戻り仕切り直して御蔵島へ渡って、9島巡りを達成。船では最も難易度の高い利島と青ヶ島へは渡れないまま、リベンジを誓う結果となった。
右が穴原奈都さん、左が吉野香里さん。6月23日、おがさわら丸を待つ底土客船待合所前で=写真
島巡りを終えて 穴原奈都
複数の島を巡って多様な島々の違いを体感できました。しかも船で島を巡るというのは、本当にワクワクする旅の醍醐味でした。どの島でも「島を巡っています」「三宅島から来ました」とあいさつすると、「行ってみたいとずっと思っているんだよね」「三宅はどうなの?」などなど、話がどんどん広がりました。
今ちょうど変わり目を迎えている島が多かったように思います。変わりつつある島々で、まず自分達の島で足場を固め、その先できっと「繋がるべきその時」がやってくるはず。今はネットで情報の共有がしやすくなりました。それぞれが自分たちの島を発信し続け、他の島々に関心を持って、お互いに高め合える関係に、友島同士になれたら素敵です。その時に、今回の旅で繋がった方々と、きっと面白いことが巻き起こせる。そう確信させてくれた島巡りでした。
1月に八丈島のパブリックロードレースに参加したとき、八丈ならではのおもてなし方や雰囲気は新鮮でしたが、島の空気感は三宅島と通ずるものがあって、安心できる感覚がありました。また、9月のレインボーカップと10月の24時間八丈太鼓におじゃましたいと思いますので、よろしくお願いします。私の島巡りの旅はまだまだ終わりません!
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