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第3716号  2019年(平成31年)1月1日 火曜日


浮世絵に多い黄八丈 江戸名所百人美女 洲崎 にも
   ご来光を見に行く人で…
● ざつおん 成長から定常へ
● 12月定例会 企業会計質疑より  
   資料館 立ち寄り要望
   水道民営化 島への影響は
   小児科医師入院 派遣医師で対応
● 12月定例会条例改正  
   給与・期末手当 4月に遡りアップ  
   旅費・宿泊料 職員、議員一律に  
   むつみ保育園 分園に
● クジラ調査 CF成立 東京海洋大学 鯨類学研究室  
● 八丈小島・鳥打のクロアシアホウドリ 30つがいが抱卵
● 武久瀬戸内市長に聞く 負の遺産から経済循環生み出す  
   塩田跡地に国内最大のメガソーラー誘致  
   防災、環境保全事業も併せて 事業者とリスクを分担  
● アイランドクリスマスで巨大風船パフォーマンス
● 勇気の応援歌 Xマスコンで
● 頌春句 八丈俳句会
● ニーズ、課題を再確認 町営路線バスの運行改善望む声も  
   観光路線バス実証実験結果  
   実現すればプラス3万人期待採算面では年3千万円の赤字  
   「民間参入は厳しい」 町議会一般質問
● 視点 何ができるかの一歩に
● 1月14日 アテネ五輪 金メダリスト鈴木桂治氏が柔道指導
● 富士中自然科学部 日本科学未来館賞
● 新春の行事  
   第51回新春サッカー大会が元日〜3日、南原スポーツ公園で  
   消防団出初式が4日9時から三原小中校庭および三原中体育館で  
   八丈町成人祝賀式が5日10時30分から町ホールで  
   各地域武道会による鏡開き 坂上合同=6日14時から、坂下合同=14日10時から 
   第38回八丈島パブリックロードレースは13日  
   八丈島昔遊び大会が14日9時30分〜13時、三原小中学校で  
   武道始式が20日13時から、警察署道場で  
● 八丈島に各地の土器 限られた土地で稀有 「広い交流示す縄文の遺物」  
   海でつながる世界 都埋蔵文化財センター・講演会
● 雅楽の世界 天・地・空の調和による宇宙創造  
   世界最古のオーケストラ  八高定時制「日本の伝統芸能鑑賞教室」
● 島での起業 仕掛ける 産業技術大学院大学八丈島PBLキャンプ
● 寄稿 各島から54人が参加 東京島嶼郷友連合会理事長 梅田 勉さん
● 女子35位 男子68位 中体連駅伝競走
● 都小バレーでブロック優勝 八丈Jr女子 
● たんしん   
   末吉温泉みはらしの湯は元旦朝5時30分から営業
   「みんなの学校」上映会が12日、14時〜、18時30分〜の2回、町ホールで
   第13回八丈島歴史セミナー参加者募集
   離島人材育成基金助成事業の応募は1月7日〜2月1日
● ふっと心が揺れたときにシャッターを押す 写真甲子園に挑戦 八丈高校写真同盟   
   田崎教諭に聞きました

   
   


 


海でつながる世界 

「広い交流示す縄文の遺物」 限られた土地で稀有
都埋蔵文化財センター・講演会




講演会終了後に行われた出土品見学会の様子。薄く割れる特徴がある安山岩製スクレーパー(樫立・倉輪遺跡)。倉輪遺跡からは各地の縄文土器出土している



 

 
 昨春から今年3月10日まで、東京都埋蔵文化財センター(多摩市)で企画展「蒼海わたる人々―考古学から見たとうきょうの島々―」が開かれているが、同センターは東京都教育委員会、八丈町教育委員会と共催で昨年11月23日、商工会研修室で講演会と出土品見学会を開いた。解説した調査研究員は「縄文時代の八丈はすごい。限られた土地でこれほど多くの広い世界と交流があったことを示す遺跡はほとんど例がない」と話した。


東京の島々には宝があった


 伊豆諸島には縄文から弥生時代にかけて、各地の人が運び出した宝ものがあった。ひとつは、神津島の黒曜石。割れ口が鋭利なため、矢じりやナイフ、ドリル、錐などの素材になり、金属がない時代の必需品だった。また、三宅島以南の伊豆諸島に棲む貝・オオツタノハは腕輪に加工されていた。
 八丈島の縄文時代前期末から中期前葉にあたる倉輪遺跡(約5600〜5400年前)からは、大木6a式土器(岩手県)や十三菩提式土器(神奈川県)、大蔵山式土器(京都府)など各地の土器が出土しており、「海でつながる世界」を物語っている。講師の同センター主任調査研究員・長佐古真也氏は「八丈島のような限られた土地で、広い地域の土器が揃っている例は全国的に見てもほとんどない」と述べた。
 弥生から奈良・平安時代が中心の八重根遺跡からは、100以上の炉跡と煮沸に利用された大量の土器が出土し、一大加工工場であったことを物語っているが、同遺跡発掘調査(87年〜91年)の自然科学分析の結果では、何を煮沸したかは不明と報告されている。ただ、奈良時代の平城京の木簡(荷札)には伊豆諸島からの納税品・堅魚節(カツオの生節)の記載があることから、長佐古氏は、海に面している八重根遺跡で大きな鍋を使う理由として、島の海産物を加工した工場跡だった可能性を指摘した。


まるで海上の社交場のよう


 講演終了後、「八丈島の宝ものにふれてみよう」と、出土品見学会も行われた=写真。倉輪遺跡から出たスクレーパーは、八丈島にもある安山岩製で、解説した調査研究員の並木仁氏は「非常に薄く割れる性質が特徴的で島外の遺跡では認められない石材」と強調した。
 両氏は「まるで海上の社交場のように、広い地域から人々がやってきて交流が生まれたのは、現代では想像もできない並外れた航海術を駆使できたからこそでは」と解説。「謎を解く証になる遺物は、まだ眠っているかもしれない」とも語った。