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第3641号  2015年(平成27年)11月13日 金曜日


● 「3便ルール」も調査 航空運賃特別委 国、都、全日空へ
● 国交省 地方路線の羽田発着枠守るルール 3便以下の18路線で運用
● 離島振興議長会で航空路支援の決議
● 「筑後川」の響き 八丈島で 各地の230人が大合唱
  
● 八丈島いきいき観光フォーラム2015 インバウンド、情報発信、人口増対策など
    空き家利用、高校生誘致策も
● 避難所で役立つ 高齢者支援のノウハウ
● 外国人観光客 2千万人 来年にも

● 『筑後川』IN八丈島 「この感動一生忘れない」
    作品生まれた場所の空気、景色も… 合唱とともに、團さんのアトリエ見学も旅の目的  
       「世界中をあったかくする音楽を作らなければ」  
● 庁舎、病院も地盤改良で 波紋広がる杭データ問題 八丈は大丈夫?
       支持層浅く、建物も低層

● 若い視点で島の課題克服策提言 中3生子ども議会
● 南海俳壇 八丈俳句会(十一月例会)
   
● 平和大国訴える 政治評論家・森田実氏が講演 危うし! 今だけ 金だけ 自分だけ
● 離島の消費税軽減策 松原仁氏 政治理念語る
● 24時間チャレンジ八丈太鼓 書道、お笑い、ヨガともコラボ
● ハロウィンで園児が介護施設を訪問
● 地熱公募案にパブコメ19件

● 宇喜多秀家没後360年鎮魂祭 居宅跡の久福松ライトアップ =20日=
● 第6次産業化で勉強会 杉山さん 郷社のおまつりにも出店
    ニッチに 斬新に
● 屋鋪と遠藤 コーチに迎え 野球教室
● 10月の来島者増加
● 人事トピックス
● 表彰 第18回全国農業担い手サミットinみやざき 喜田孝さんが受賞
● たんしん 社会福祉協議会バザー 15日9時30分〜11時30分、三根小で
       菊池宗園さんの「お茶会」 15日、三根・柳家荘で
       アイランダー2015 21日、22日、池袋サンシャインシティ文化会館3F展示ホールCで
       樫立三島神社例祭 22日18時から前夜祭、23日はみこし、樫立地域大演芸会
       ふれあいコンサート 23日13時30分から八高視聴覚ホールで
       中之郷三島神社例祭 28日にみこし、宵宮祭。演芸大会は29日13時から神社境内で
       八丈島OB野球秋季大会結果
       全日空パイロットチームと八丈チームのサッカー交流会
       八丈島テニスクラブシングルス大会結果
      
      


「筑後川」の響き 八丈島で 各地の230人が大合唱

第一部は島内の参加者が、それぞれに練習を重ねて歌声を披露した

島外からの参加者は、全国各地の合唱団のメンバーと個人参加者など200人を超えた

 

 

 

 「團伊玖磨の心をうたう『筑後川』IN八丈島」が1日、町ホールで開催された(3面に関連記事)。
 「みなかみ」「ダムにて」「銀の魚」「川の祭」「河口」の全5章からなる『筑後川』(作詞・丸山豊)は團さんが1968年、44歳のときに作曲した一大カンタータだ。團さんが多くの名曲を創作した八丈島の地を踏み、この曲を歌いたいと、全国各地から200人を超える人が集い、清冽で厚みのある歌声をホールに響かせた。

  作品生まれた場所の空気、景色も…

  合唱と共に、團さんのアトリエ見学も旅の目的


  「夫々が 思いをはせし八丈島 褒美のような秋の海色」――『筑後川』コンサートの統括・プロデューサーで司会も務めた福岡県久留米市在住の中野政則さんは、八丈での大合唱についてこう綴った。
 生前、團さんと親交があり、『筑後川』など九州作品の制作・上演に協力、逝去後は流域でのコンサート開催に尽力してきた中野さんは「團先生と團作品への思いを持ってこの地に集った200人は、この11月1日という日を、この感激を、一生忘れないでしょう。ホールの音響もよく、最高のステージとなりました」と語った。
 大合唱の指揮を担当した神奈川フィルハーモニー管弦楽団名誉指揮者の現田茂夫さんは「全国からたくさんの方々に集まっていたただき、観客も大勢で、素晴らしいひとときが過ごせました」。ソプラノ歌手で、團さんの夏の夜のコンサートにも出演している佐藤しのぶさんは妻。
 ピアニストの井澤久美子さんは「時代、世代、場所を超えた演奏会。先生がそばにいらしている気配があり、いつも以上の演奏ができたように思います」。
 参加者からは、「自然が豊かで、人情味あふれる島で食べ物もおいしく感激」「こんなに素晴らしいホールとは思わなかった。響きがよく、気持ちよく歌わせてもらった」「八丈のスタッフとの心あたたかいふれあいがよかった。みなさん一生懸命心をくだいてくれたのが嬉しかった」「筑後川の歌がなかったらご縁がないところ。八丈に来て団員たちはみんな感動している。家族を連れてまた来たい、と言う人もいる」などの感想が聞かれた。

 ツアーで来たほとんどの参加者が、イベントの合間を縫って海が見える樫立妻里の團さんのアトリエを訪れた。
 93年3月、次男で建築家の團紀彦さんが設計したアトリエの上棟式で團さんは「樫立は私にとって天の神様が音楽をくださるところ」と、新しい仕事場で作曲の仕事に打ち込める喜びを語った。そこに流れる空気や景色にふれることも、合唱と共に今回の旅の大きな目的だった。團さんファンにとって作品創作の原点となった八丈の人気は高く、今回のツアーでは申し込みを断るほどだったという。
 同イベントの実行委員長・山下巧さんは「筑後川2曲目の『ダムにて』が樫立のアトリエで完成した時、團さんと一緒に大喜びしたと、太鼓のみっちゃんから聞いたことがあります。その話が各地の筑後川合唱でも広がっていき、ファンの間に『いつかは八丈島で』という思いが膨らみ、このイベントが実現しました。多くの参加者が團さんが仕事をした書斎が当時のまま残されているのを見て感動していました。遠来の方にも、八丈の人にも喜んでもらえる催しができてよかったです」と話している。

「世界中をあったかくする音楽を作らなければ」

 合唱の合間に、舞台横のスクリーンに團さん出演のテレビ映像=写真=が流れた。「人間のモラルが金に金にと流れていくと、人類は滅びてしまいます」「21世紀は人が人を大事にする時代になっていかなければ。世界中をあったかくする音楽を作ることです」「歌は、誰の作曲かはもう忘れて、みんなのものになった時、ほんとうの音楽になる」(團さん作曲の童謡「ぞうさん」の話題から)など、69歳当時の團さんの想いを知ることができた。
 中国と関わりが深かった團さんは01年5月17日、日本中国文化交流協会の会長として蘇州を訪問時に77歳で急逝した。
 その前年の00年2月、團さんは島での講演で、関ヶ原合戦以前は九州には大きな中国人村があり、逆に朝鮮半島には日本人だけが暮らす町もあったことに触れ、「日本の文化を考えるとき、兄弟が朝鮮、親が中国、祖父母がインドであることを忘れてはならない。アジアを知ることが日本を知ることだ」と語っていた。