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第3634号  2015年(平成27年)7月31日 金曜日


● 夏本番迎える宿泊施設 お盆まで予約順調 維持できた3ホテル体制
● 移住促進プラン 総合戦略策定WG 町、事業化検討
● スイスの3胴帆船 台風で神湊漁港へ避難

● 海洋ごみ調査の3胴型ヨット 300日間の長旅の途中で
● 「銀河丸」寄港 航海訓練実習生 つかのまの休息
● 南海俳壇 八丈俳句会(七月例会)

● 読者コーナー
    航空運賃特別委員会を傍聴して 中之郷・井上昇さん
    八丈島の地名表示を思う 入間市・高橋和夫さん
    昨年復活した八丈島警友会の総会 八丈島警友会会長・小宮山肇さん
● 8月9日旧末小で サロンとしまなか市

● 八丈ビジターセンターが講演会 津久井雅志千葉大教授から 「八丈島の火山」学ぶ
    成長過程を最近まで
    坂下は溶岩の上に
● 八丈島近海で群発地震
● 8月4日に八丈島で火山防災協議会

● 航空路を守る A 奄美群島の空で  成田ー奄美大島 LCC就航から1年 首都圏からの旅客倍増 最安値8000円
    バニラ効果 実感
    利用率78%でも赤字 厳しい採算性

● 日本国内のLCC事情…
    総合戦略WGでLCCの提案も 「現実的?」「3便維持が先決」
● 離島割引54%へ
    島民の大きな助けに
● 航空運賃軽減事業に9.7億円

● 戦後70年 <6>  中国人に救われた3歳の命 「澄み切った青空のような」養母
    見るに見かねて…
    恩は終生忘れない
    石井団長にも感謝

● ミス八丈 大場由美子さん 光るキノコの研究で移住
● 夏まつり 来場者減った    
● つり下げた布自在に操り 空中パフォーマンス!
● 2015夏ライブスケジュール
● 各地域の盆踊り

● 八丈太鼓の名手 奥山熊雄さん死去 江戸末期の文化伝承 八丈島の生き字引だった
● 婦人会が地熱還元策提案 町長と意見交換会
● 森下氏が4選 小笠原村長選
● 15年春の交通功労者等表彰者
● たんしん 第19回八丈島浜あそびが8月2日10時〜16時、底土カヌー揚げ場で
       老人ホーム夏祭りが7日18時30分からホーム駐車場で
       八丈島納涼花火大会は11日、底土海岸で
       日本獣医生命科学大愛奏会コンサートが15日16時、町ホールで
       第40回商工業者ソフトボール大会の参加チーム募集
       八丈高校公開講座の受講生募集

● 見る人をホッとさせる手しごと URUCRAFT 蜂須賀江里子さん
● プレミアム商品券 初回販売実績 販売予定額の38% 5309万円 8月分 限度額1人10万円に
● さわさわ「暑い 熱い」森清耕一氏


      

 


八丈太鼓の名手 奥山熊雄さん死去

江戸末期の文化伝承 八丈島の生き字引だった


 

05年2月、江戸東京博物館で、88歳の熊雄さん(撮影=江成卓史さん)

 

 

 

 熊ちゃん∞熊おじ≠ニ島の人たちから親しまれ、八丈島の伝統文化の継承に大きく貢献した八丈太鼓の名手、奥山熊雄さんが10日、養和会老人ホームで急性心不全のため死去した。98歳。03年度東京都文化功労者。08年度には「八丈島の伝統芸能の育成、普及活動を行い、地域文化財の保護に貢献した」功績で、地域文化功労者文部科学大臣表彰を受賞した。
 熊雄さんは、人並みはずれた記憶力の持ち主だった。太鼓や歌、踊り、民話、昔の島の風習などを明瞭に覚えていた。千葉大教授の金田章宏さんが方言調査の際に聴き取った島の民謡の歌詞は800近い。そのほとんどは、熊雄さんが小学校に入る前、1840年前後(江戸時代)に生まれた曾祖母のオキノさんや近所のおばあさんたちから聞かせてもらったものだ。金田さんはこれらの歌詞を著書『奥山熊雄の八丈島古謡』(笠間書院)に収録。島の貴重な文化財として残ることになった。
 熊雄さんは1916(大正5)年9月27日生まれ。先代は江戸に年貢を運ぶ船を持っていた。お年寄りたちは『熊だんな』と呼んでかわいがった。太鼓は2歳から叩いた。4歳の時に亡くなった曾祖母は「下拍子が上手だ」とほめてくれた。おばあさんたちは熊雄さんの才能に目をかけ、太鼓や歌など島の文化の伝承者に育てていった。
 生家は三根に6軒あった染物屋の1軒で、熊雄さんは農業のほか、染めも本業としていた。島の染織にも造詣が深く、生き字引そのものだった。
 長年、三根公民館や教育文化センターで熊雄さんの指導を受けた「加茂川会」「てーこの会」の代表・川瀬喜重子さん(71)は「郷土芸能には、島の人の生活や思いがつまっている。熊おじからは太鼓や踊りの技だけでなく、人間としての生き方も教わった。障がい児教育が専門の大学教授が(熊雄さんの話を聴き)『本当に教養がある人とはこういう人のこと』と感動していた。熊おじは私たちの誇りでした」と話す。
 熊雄さんが80代になる頃から相方として下拍子を叩いていた長山育生さん(55)は「島内、島外に関わらず、お客さんの都合を考え、常に早めに準備をされて待機する誠実な方でした」と人柄を偲んだ。『太鼓のことは太鼓に聞け』『太鼓の前に立つと自分が太鼓になる』という熊雄さんの言葉が印象に残っているという。
 12日の葬儀では、「加茂川会」の会員などの送り太鼓≠ナお別れした。