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第3546号  2012年(平成24年)12月14日 金曜日


● 町新庁舎 業務開始来年5月7日 新庁舎追加工事費3億4481万円
  本体建設工事費総額 約38億3千万円
● 庁舎事務棟の備品島外業者が落札 集会施設は別枠 端末はリースで
● 「原発、町長の認識は?」一般質問で
● 東電が放射線測定器の費用賠償
被災者避難世帯課題も千差万別 12世帯34人
原発、増税、TPPなど争点に 衆院選・都知事選 投票迫る
● 集会施設運営に町職員配置 技術スタッフは外部委託
● 「町民が参画する運営組織を」
● 90メートルの日本新で優勝 フリーダイビング平井美鈴さん
● 南海俳壇 十二月例会
● 白内障手術 来年2月以降に 町立八丈病院 外科医勤務再開
● 浄化槽設置目標 130から100基へ
● アホウドリ移住先 聟島で初の産卵
● 八高生3人の力作 年賀状甲子園でベスト16へ
● 空港に黄八丈サンタ登場
● 「正月8日は薬師を祭る」
● 声 選べる権利を活かそう 三根、玉井由木子さん
● たんしん 14日〜 農業担い手研修生募集 来月31日まで
● たんしん 15日 あびの実クリスマスコンサート「くちぶえをふけばハッピー」
● たんしん 22日 八丈太鼓六人会結成30+1年記念公演」
● たんしん 八丈ウインドオーケストラ第6回クリスマスコンサート
● たんしん 第25回TEPCO杯八丈島バレーボール協会秋季リーグ戦結果




「正月8日は薬師を祭る」


9日、横嶺山満願寺薬師堂で、色づいたイチョウを前に浅沼研さん



 今年もあますところ18日ーー。江戸時代には、12月8日に正月の儀式を始める習わしがあったが、八丈島でも、神事は薬師さまのお祭りで始まっていたとの記録がある。

 「正月八日大賀郷薬師を祭る」。
 古書『八丈裁衣織』(1811年、服部義高著)にこんな記述がある。祭礼の中身は、「この前夜をニシガクといふ。神子をハヤサレといふ。卜部祝弁造(太鼓を打つ人をいふ)打寄、神主、寺僧立会祭礼有、鬼の面をかむり追かけ…」と具体的に書かれている。

室町時代の鰐口が

 神事の際、八丈島では、卜部(うらべ)が「中臣の祓(なかとみのはらえ)」で太鼓をたたき、各戸をまわって祈祷をし、卜部の太鼓と祭文に合わせて巫女が神楽を舞ったという。この記録は、本田安次氏の著書『東京都民俗藝能誌』にみえる。同書には古くから伝わる祭文が多数収録されており、薬師堂で舞われた神楽や、ニシガク、ハヤサレなどの意味を知る手がかりになるものが見つかるかもしれない。

 こうした島の神事が姿を消したのは、明治政府が民間信仰や年中行事、祭礼に禁止令を出したため。「多くの巫女は転業するか島を出るかした。公には祈祷することはできなくなった」と、本田氏は書いている。

 薬師堂の創建年は不明だが、入口には、明徳元年(1390年)の年号が刻まれた鰐口(わにぐち)が掛けられていた。5百年近く保存されていたが、明治年間に紛失した、と『八丈実記』に書かれている。鰐口に刻まれた金石文「奉懸八丈嶋薬師堂打金事、明徳元年庚午九月十二日管領御代官連阿敬白」は八丈島最古のもので、その拓本が都政資料館に遺っている。『八丈裁衣織』には「唐銅(からかね)にて上品」とあり、この当時は足利家の時代から420年余り経つが、「新物の如し」と説明されている。

薬師如来像は消失

 堂内には薬師如来像があったが、昭和初期に本堂の火災で焼失した。その後再建されたが、1964(昭和39)年に再び火災で焼け、「目」「手」「足」などと書かれた「千の札」も焼失したという。この話や、堂の縁起を、島の方言や古い伝承などを調べている理容店経営、浅沼研さん(67)から聞いた。

祭り、今年も賑わう

 薬師堂は現在、12月12日を縁日に八丈島全島民の病気平癒祈願堂として信仰されている。9日は境内でバーベキューや焼きそば、今川焼きや餅などが振る舞われ、おおぜいの参拝客でにぎわった。

 境内には都の天然記念物のイチョウの巨樹(幹周り5.65m、高さ26m)があったが、シロアリ被害を受けて枯死寸前だったところ、1975年の台風で倒れた。その根元から芽を出したイチョウがいま大きく育ち、黄金色に色づいている。