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第3513号  2012年(平成24年)2月24日 金曜日


伝統芸能でつながる心 復興の応援歌に 第7回八丈島郷土芸能交流会
  石川駒踊り 秋田県八峰町 相馬流れ山踊り 福島県浪江町

シリーズ『災害と向き合い 生きる 気仙沼大島の3.11』5 新しい観光模索、養殖は出直し
  日常取り戻せるのは4、5年先に

連載 縁(えにし)八丈力とは(10)親戚・シンセキとは誰のこと? 立柳聡氏
● 光るホタルミミズ 島全域に高密度で生息
減らない自殺できる対策は 防止セミナー開催
● 移住の問い合わせ今も 被災者支援対策継続 新年度は町単独予算で
共感呼ぶ催し 文化ホールで新たな一歩を
● 相馬焼き復興の願い込め「走り駒」 半谷窯・半谷菊枝さん

● 三原山 昨年は被害激減 スダジイのナラ枯れ 森林総合研究所が報告
● 桜色に♪
● P連作品展 切り絵ランプ、脚が流木のテーブルも
● 三原中サイエンスクラブ シロアリの研究 科学映像祭で文部科学大臣賞
  「自然界の循環に欠かせない存在」

● たんしん 25日 第9回八高音楽会
● たんしん 26日 第56回八丈島連合婦人会総会
たんしん 26日 第35回八丈島駅伝大会
● たんしん 3月3日 第28回八丈島法律相談会




伝統芸能でつながる心 復興の応援歌に
第7回八丈島芸能文化交流会


浪江町相馬流れ山踊り保存会の「相馬流れ山踊り」



秋田県八峰町石川郷土芸能保存会の「駒踊り」


ショメ節、げんしゅう節(なんがれ)を観客と共に



 7回目を迎え、今回が最後となる八丈島郷土芸能交流会。18日は大賀郷公民館で太鼓や踊り、黄八丈の着付けの交流ワークショップと懇親会が、19日は八高視聴覚ホールで「復興への応援歌〜幸せは日々の暮らしの中に…」をテーマに郷土芸能ステージが開催された。福島県浪江町から参加した「相馬流れ山踊り保存会」の12人のメンバーも、静かさの中に凛とした空気が感じられる美しい舞いを披露した。

 島っ子会の幕開け太鼓に続いて、山下町長の「各地に残る郷土芸能は年齢を問わずに誰もが楽しめて心を一つにできるもの。地域の貴重な文化的財産を次世代に残そうと努力されているみなさんに心から感謝します」とのあいさつでステージは幕を開けた。

 第1部は加茂川会、よされ会、樫立太鼓会、樫立踊り保存会による創作舞台「八丈島のある夏の一日」。原発事故により全町民が避難生活を強いられている浪江町の「相馬流れ山踊り保存会」のゲスト出演が決まった昨年の夏以降、出演団体が時間をかけて構成を練ってきたという演目だ。

 「昨年の東日本大震災で直接災害に遭われた方の苦しみ、悲しみはどんなに大きかったことでしょうか。また、それを目の当たりにした多くの人が幸せとは何か、なんでもない日々の暮らしがなんて幸せなのかと、人生を見つめ直しました。日々の生活に伝統芸能が息づき、人々がそれを心から楽しむ、そんな光景を再現してみました」。舞台監督で司会も務めた八丈太鼓愛好会の井上啓二郎さんによるナレーションと共に始まった演目は、ステージ中央の木につるされた八丈太鼓を囲みながらの朝の農作業、昼間の浜遊び、そして日が暮れ、満月が浮かぶ夜には盆踊りと、太鼓や踊りなど八丈島の郷土芸能がいっぱいつまった夏の一日を再現した。

石川駒踊り 秋田県八峰町

 2組のゲストが出演した第2部は、いずれも騎馬を讃えた伝統芸能が披露された。

 秋田県八峰町の「石川郷土芸能保存会」の「駒踊り」は、関ヶ原の合戦後に、秋田の殿様に献上したのが始まりという舞いだ。お盆の13日、地元の曾布沢神社と法林山正伝寺に奉納し、地区内を練り歩くのが慣例という。

 踊り手は鎧姿で腰に馬体を付けて、馬にまたがった格好で合戦の場面を表現する。囃子に合わせて空中で跳ね、ぶつかり合う勇ましい踊りで、「勇駒」と呼ばれる。

 18日に大館能代空港発の便が雪で欠航となり、一行は秋田空港に移動して上京。八丈島到着は19日の朝となったが、若い後継者らの迫真の踊りに、会場から盛大な拍手が湧きあがり、アンコールの声がかかった。

相馬流れ山踊り 福島県浪江町

 「相馬流れ山踊り」は、福島県相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」(国の重要無形民俗文化財)と共に歌い継がれてきた民謡で、相馬藩の国歌「相馬流れ山」に合わせて踊る。 

 ステージには陣笠、陣羽織、はかまの華麗な騎馬武者姿で12人の踊り手(女性)が登場。馬上の武士がむちで荒れ狂う野馬を追い散らす「鉄扇踊り」、扇を開き愛馬を呼び返す「駒返し踊り」、愛馬に馬ひしゃくで御神水を与える「駒止め踊り」などを披露、会場から大きな拍手が湧いた。

 昨年8月、浪江町役場が仮設置されている二本松市の夏祭りに出演の話があり、なんとか連絡を取り合った10人が復活のステージに立った。その様子が新聞報道され、避難でばらばらになった会員の消息もわかり、今では40人ほどが月1回の練習に集まるという。

 同保存会の星大子(ほし・ひろこ)会長は、「先のことを考えると心はさびしくなりますが、今日みなさんからいただいた元気と励ましで、前向きにがんばっていきます」と、交流ステージの最後に力強くあいさつした。