06/1/1

 豊臣五大老の一人、宇喜多秀家が八丈島に配流中(1607〜1655)、娘のふり宛に出した書状が石川県金沢市・善福寺にあることがわかり、昨年7月、本紙で紹介したが、他にも八丈島から出された秀家の書状は存在していた。1614年に旧家臣・花房正成と豊作十(使者)に宛てた『宇喜多秀家父子連署書状』2通と、黒木左近に宛てた1通だ。この書状は、花房正成の13代目に当たる東京都墨田区、花房正幸氏が所蔵していた。18年前、正幸氏から花房家の歴史資料212点が岡山市に寄贈されるまで人の目にふれる機会はなかった。手紙は、心の内や人物像、人間関係などをかいま見ることができる貴重な資料だが、八丈島の郷土資料としても注目される。写真は『宇喜多秀家父子連署書状』(24.0×36.5センチ、写真提供=岡山市教育委員会)。



 八丈島の観光活性化のコンセプトワークを担う戦略プロデューサー・松村潤之介さんが考える活性化コンセプトのひとつが「アートの島」。松村さん自身が島の風景をモチーフに制作した「版画とスケッチのミニ個展」が、12月26日〜1月10日、八丈島空港ターミナルビルで開催されている。下は八丈小島と南原千畳敷を描いた版画作品。